相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

高砂部屋

高砂部屋の起源自体、初代高砂浦五郎が相撲会所の玉垣ほかの独裁体制に抗議し脱退したのが始まりでアウトローな成り立ち。番付から抹消されるなど穏やかではなかった。

その高砂が5年ほどで復帰すると検査役の重職で迎えられ、トントン拍子で取締に出世。

かつての玉垣側のポジションに就くと自身も独裁者となり権勢を奮う。既にあった高砂名跡を高島に改称させる、勝負判定にも口を出し現役力士の不満が爆発。

明治29年、力士が料亭に籠り改革を要求する中村楼事件で失脚した。奇しくも自身の23年前の事件と同じケース。