相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

昔の高砂部屋

高砂部屋朝赤龍が当主に。マネージャーの一の矢は元朝潮引退で退職ともいわれたが、そのままいるようだ。一ノ矢といえば現役時から朝青龍も頭が上がらなかったというが昔から番付を追い抜いても顎で使うようなロートル力士がいた。

石井代蔵「相撲風雲児列伝」には大林、鎌田などの名が。

大林は神戸出身で貝ヶ崎から大林に。怪我で出世を諦め、コーベエのあだ名で高砂(元大関朝潮)のカバン持ちをしていた。

稽古場に親方然で陣取り番数を記録、よく稽古した力士をちゃんこ場へ連れて行きおにぎりを食わしてやったとか。のちの横綱東富士もその一人。

北を向くと(へそを曲げる)親方も困り果て、平謝りすることがあった。

昭和13年ごろに引退したらしい。

鎌田は男女ノ川の付け人だったが、関取然として何もせず関取2人がいるものだったらしい。

廻しを腹をへこませて履くのが得意で、巻いたまま掛けていた。

昭和11年春には大林は幕下11枚目、鎌田は昭和10年夏に三段目下位にあるが、11年春には序二段に陥落している。