相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

相撲協会の組織 2

 おまけだが昭和三三年、年寄行司の定年制決定の際に、参与制度も新設された。

理事や検査役を10期(10年)務めた年寄が資格者で階級としては主任の上で待遇は主任と同等で、現在の役員待遇のようなものか。

初めての任命は追手風(元大関清水川)でその後大山(元高登)、立田山(元能代潟)等が任命されたはず。徐々に規定も曖昧で病気療養の年寄ばかりになっていったような。元々字のごとく「事業に関わる、相談を受ける」であり、隠居ポストだが。

 音羽山(小結若ノ海)なんかは審判の後昭和五五年~平成八年まで参与。糖尿病の悪化で職務が困難、年寄株を売って廃業の噂もあったはず。

 昔春日野理事長が病身の大鵬、立田川(鏡里)が役員待遇であることを質問され、「功労者なんだよ、参与になんかできるかい」と反論していた。