相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

相撲界の生き字引 2

 浪ノ音もだが元大関朝汐も生き字引だった。明治十二年生で昭和三六年没。梅常陸全盛時に幕内で大鵬柏戸まで見てるはず。大関時代は怪力で右を差せば五万石ともいわれたが、優勝はなかった。年寄高砂で取締まで行ったが昭和十六年前田山に譲り廃業。茨城に隠居していた。

 昭和三四年に小島貞二氏が取材したときの横綱評が面白い。当時八十過ぎだがタバコを絶やすことなかった。

「大砲は四つになると強かった 梅ヶ谷はうまかったが、強いのは常陸山。泉川に持ってくとこなんざ横綱相撲。大木戸は体の太いええ相撲。太刀山は本当に強かった。力なら常陸山より上。腰は残っても上体だけ伸びて飛ばされてしまったなあ。鳳はたいして強い相撲じゃなかった。西ノ海は体は良いが気が弱かった。大錦は寄りが良かった。栃木山はええ相撲だった。大錦よりだいぶ強い。常ノ花玉錦は下のころから見てるがあそこまで行くと思わなかった。双葉山は立派で何も言うことない。」

 ここまで単純明快に評したものもないだろう。実際の経験だけに重い。

 昭和三六年心臓麻痺で亡くなる。数えで八十三の長命だった。