相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

相撲界の生き字引

 昭和三六年に年寄に定年制ができて9人の長老年寄が協会を去った。この中の最年長が元浪ノ音の振分。明治十五年生まれで当時七八歳。

 明治三一年初土俵で、明治三九年の入幕、大正三年引退だから、当時六十数年の角界生活。明治四十四年のストライキ「新橋倶楽部事件」でも力士団の代表として交渉に当たった。

 当時元大関朝汐(明治十二年生)、元平幕五十嵐(明治十七年生)もいたが、明治後期の全盛を知る数少ない一人だっただろう。 晩年は交流を好み様々な逸話が残る。

 明治三八年夏の十両時代、五十歳だった鬼ヶ谷との対戦。年齢差が二十七あった。ベテランだけにそれなりの人気もあり土俵も沸いたとか。

『呼出しの声で土俵に上がり、四股を踏んでる時、触れが回った。そうすると急に大騒ぎに。万歳やら、踊り狂う客やら。人気が出たか思って思い切り相撲が取れ、下手投げで勝った。意気揚々と支度部屋に引き上げたのはいいが…騒ぎの原因が分かった。触れは「日本海海戦大勝利、パルチック艦隊全滅」だったとのこと』

時は日露戦争であった。