相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

横綱の進退 栃木山に見る

 白鵬鶴竜が休場続き、大関2人も昇進早々休場で番付の重み・価値まで議論されている。

 27代横綱栃木山は大正十四年春10勝1引分の成績で優勝しながら翌場所番付に名を残し引退。64代曙の優勝→全休→引退もだが、これほど鮮やかな引退もない。

 栃木山明治25年生まれ、明治44年初土俵、連戦連勝で大正2年幕下で初黒星(この相手は後の大関千葉ヶ崎)。 その後も順調で大正六夏新大関、2場所で大正七年夏新横綱。出場場所全てで優勝争いに加わり大正十三春~十四春まで3連覇していた。

 引退理由には諸説あるが本人が語りたがらずはっきりしない。

 大正12年三河島事件による大錦引退前後より引退の希望があったが、協会が阻止してきたとも言われる。

 つづく