相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

横綱はふさわしい? (2)

 三河島事件で横綱大錦が引退。東西に横綱が欲しい状況であった。常の花は年齢的に時期尚早とみられ栃木山の1歳上の西ノ海以外になかった。

 源氏山は大正十一年春新大関で7勝3敗、夏は腰の負傷で全休。春場所常ノ花を破り、栃木山と引分で何とか面目を保っていた。協会側の免許要請に司家も難色を示したが、将来を期待してと強引に横綱免許。このあたり双羽黒と似る。

 2場所目より西ノ海と改名して横綱5場所、休場もあり平凡な成績だったが大正十四年夏、栃木山が番付に名を残し引退。影響あってか出羽海方は不調で黒星だらけ、東方が救われる形で9勝2敗で優勝となった。

 しかし大正十五年の東西連盟大相撲の栃木山土俵入りで太刀持ちを務めていた際心臓発作で倒れ(実際は足がしびれて尻餅)、その後は大正十五年夏の9勝を最後に休場ばかり、昭和となってからはすべて全休・途中休場で昭和三年十月を最後位に引退(8場所連続休場は稀勢の里が並ぶまで単独最多)。

 年寄浅香山浅香山部屋を経営していたが5年後42歳で死去。

 寂しい晩年を含め古今東西強引な横綱は良くないのでは…