相撲批評クラブ ひげ庄之助

明治時代からの相撲が好きです。

2020-04-08から1日間の記事一覧

土俵入りあれこれ

せり上がり、柏手と変化しているが玉錦の評判だった土俵入りも肝心のせり上がりが随分とあっさりしている。戦前までは所作の一つ一つもあっさりしている。昔は足を上げず力強い四股が基本だったようだ。男女ノ川あたりがかつての四股であった最後の横綱だと…

大正時代の謎な番付編成

大正7年春の関脇九州山は4勝3敗1預2休、怪我の途中休場にも関わらず翌夏場所大関昇進。同部屋の栃木山が横綱に昇進して東方が大関空位となるのを避けるためだろう。 新大関は1勝1預で途中休場、大正8年春は5勝5敗で大関陥落となってしまった。 この九州山、…

大関昇進直前の三賞

朝乃山は昇進直前場所に三賞も受賞しなかった。 過去を見ると 鏡里の昭和26年春、朝汐の昭和32年春、北の富士の昭和41名古屋と思われ約54年ぶりのこと。栃若時代は幕内定員も多く三賞の性格も曖昧だったと思われるが、奇異なこと。北の富士の場合も全く昇進…

朝乃山の大関昇進について

朝乃山は九州11勝、初10勝、春11勝の32勝で大関昇進。 3場所で優勝もなく33勝に足りないという意見もあるが大関一人という事情もあるだろう。 過去15日制以後で3場所33勝以下は22人。そのうち30勝以下は 29勝 朝潮 8勝 8勝 13勝 → 昭和32夏 28勝 鏡里 9勝 8…

大相撲に関することを書きます